なんでもあるのに満たされない。
こんなに安全なのに不安がある。
おはようございます!
目標、夢、願望、憧れ、使命、大義、
何のために、何をするのか。
私は何をするために生まれてきて、
私は何をするために生きているの
だろうか。
毎日を1秒1秒時間を刻み、
毎日を生き抜いている命。
今があろうが、無かろうが、
生きているのは間違いない。
その「生きている」という
時間を刻んでいる毎日に
何を感じているのだろう。
未来に向かって進んでいくしかできないから、
未来に対して何を感じて何を考えて、
今この瞬間に意味を見出しているのだろうか。
未来に意味を持して生きていくために、
目標、夢、願望、憧れ、使命、大義、
などの言葉がありますが、
コレらの言葉は、
私たちが後から作った言葉であり、
もともと自然界にあったモノでは
ありません。
今私たちは、ほとんどの人は
家を借りたり、買ったりして、
住まいを拠点に日々を生活
しています。
この定住生活の前の私たちの暮らしは、
食べものがなくなると狩りに出て、
獲物を狙い南に移動して、
獲物が西にいる時は、
獲物を狙い西に走る。
私たちの全能力を全て使い、
危険と直面しながら
命懸けで毎日を生きていた。
まさに「命」全てを賭けて毎日を生き抜いていた時代。
人が定住生活をするようになってから、
獲物を探して気を張り巡らしている時間とか
周囲の気配を敏感に感じて危険を回避したりとか、
日々を生きるために使っていた能力を
使わなくても生きれるようになってから、
その有り余った能力を持て余すが如く
石器や食器などに装飾をし始め、
その余った能力を使い、
芸術や文化や宗教が発展していった。
定住生活になる前は、
排泄物もそのままでよく、
ゴミもそのままでいい、
時間が経てば、どちらも浄化される。
また、死者を連れて
危険を避けながら
移動しながら狩を続けるのは
困難なため、
死者もそのまま置いていく。
定住生活になってからは、
死者がその場に残っているので
「生きている物」と「死者」の
境界線が生まれ、
死者を埋葬するという新たな
文化がうまれる。
本来、自然界では
生物の力の全て使わなければ
生き残っていくのは困難であり、
生命に危険がない環境で、
生きることができると、
生物としての「能力」を持て余して、
「退屈」という苦痛が現れる。
その「退屈」という苦痛は、
本来有り余って満ち足りてるはずの
物質の恵みや安全で清潔な今の時代
に対して「生きる気力」を奪っている。
だから、私たち自身が自ら、
目標、夢、願望、憧れ、使命、大義、
言葉はどれでもいいが、
「憧れ未来」を
自らの手で掴まなければ。
それを「言葉」にしなければ。
「生きるため」に自分の全能力を使えるという
生きる意味「生きがい」があった時代の大昔、
今の時代はなんでもあるが、
私のこの余った能力を
何に使えば「命」を燃やせるか、
その「言語化」が
目標、夢、願望、憧れ、使命、大義、
という言葉なのであろう。
今日も楽しい一日を!
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執筆者プロフィール
田中 誠大
「セイジツに大儲け」強い小規模経営「40からの勝ち方」
株式会社セイダイ 代表取締役
「足腰の強い経営」を創るお手伝いを「使命」としています。
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